独 言
MONOLOGUE
宿について独り言。
湯治場だったさか本

戦後、まだ能登の先端には、知ってる限りで四、五軒ほどの湯治場が残っていた。

どこも立地条件がすこぶる悪く、かろうじて生き残れたのは、さか本と、ランプの宿の二軒。

泉質の善し悪しというより、宿までの足の便だった。ここは昔から、たんぼのあぜ道に湧いていた「くすり水」を、近郊の人たちが持ち帰って湧かして使っていたが、やがて大工が本業の元の大家さんが、小学校の物置を移築して湯を沸かし始めた。その頃は、軽い怪我や病気は湯治場で療養しながら治すような時代だった。

もう70年近く前、父は家族を連れて7km離れた漁師町から「ひろやの湯」とよばれていたこの場所に湯治に通ってきた。

かつて金沢で宿屋をしていた祖母達は、空襲を恐れて能登にもどり、またふたたび山の中の湯治場を譲り受けて、宿屋を始めることになった。

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